三時頃になつて

 で、お吉は先づお八重、次にお定と、髮を銀杏返しに結つてくれたが、お定は、餘り前髮を大きく取つたと思つた、帶も締めて貰つた。 三時頃になつて、お八重が先づ一人源助に伴《とも》なはれて出て行つた。お定は急に淋しくなつて七福神の床の間に腰かけて、小さい胸を犇《ひし》と抱いた。眼には大きい涙が。 一時間許りで源助は歸つて來たが、先樣の奧樣は淡白《きさく》な人で、お八重を見るや否や、これぢや水道の水を半年もつかふと、大した美人になると言つた事などを語つた。 早目に晩餐《ばんめし》を濟まして、今度はお定の番。すぐ近い坂の上だといふ事で、風呂敷包を提げた儘、黄昏時《たそがれどき》の雨の霽間を源助の後に跟《つ》いて行つたが、何と挨拶したら可いものかと胸を痛めながら悄然《しよんぼり》と歩いてゐた。源助は、先方でも眞の田舍者な事を御承知なのだから、萬事間違のない樣に奧樣の言ふ事を聞けと繰返し教へて呉れた。 眞砂町のトある小路、右側に『小野』と記した軒燈の、點火《とも》り初めた許りの所へ行つて、『此の家だ。』と源助は入口の格子をあけた。お定は遂ぞ覺えぬ不安に打たれた。

 源助は三十分許り經《た》つと歸つて行つた。 竹筒臺の洋燈《ランプ》が明るい。茶棚やら箪笥やら、時計やら、箪笥の上の立派な鏡臺やら、八疊の一室にありとある物は皆、お定に珍らしく立派なもので。黒柿の長火鉢の彼方に、二寸も厚い座蒲團に坐つた奧樣の年は二十五六、口が少しへ[#「へ」に傍点]の字になつて鼻先が下に曲つてるけれども、お定には唯立派な奧樣に見えた。お定は洋燈の光に小さくなつて、石の如く坐つてゐた。 銀行に出る人と許り聞いて來たのであるが、お定は銀行の何ものなるも知らぬ。其旦那樣はまだお歸りにならぬといふ事で、五歳《いつゝ》許りの、眼のキョロ/\した男の兒が、奧樣の傍に横になつて、何やら繪のかいてある雜誌を見つゝ、時々不思議相にお定を見てゐた。 奧樣は、源助を送り出すと、其儘手づから洋燈を持つて、家の中の部屋々々をお定に案内して呉れたのであつた。玄關の障子を開けると三疊、横に六疊間、奧が此八疊間、其奧にも一つ六疊間があつて主人夫婦の寢室になつてゐる。臺所の横は、お定の室と名指された四疊の細長い室で、二階の八疊は主人の書齋である。

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