東京へ出て一二年奉公して見たい

『別に。』 源助は、長火鉢の彼方《あつち》へドッカと胡坐《あぐら》をかいて、『さあ/\、お前さん達もお坐《すわ》んなさい。さあ、ずつと此方《こつち》へ。』『さあ、何卒《どうぞ》。』と内儀《おかみ》さんも言つて、不思議相に二人を見た。二人は人形の樣に其處に坐つた。お八重が叩頭《おじぎ》をしたので、お定も遲れじと眞似《まね》をした。源助は、『お吉や、この娘さん達はな、そら俺がよく話した南部の村の、以前|非常《えら》い事世話になつた家の娘さん達でな。今度是非東京へ出て一二年奉公して見たいといふので、一緒に出て來た次第だがね。これは俺の嚊ですよ。』と二人を見る。『まあ然《さ》うですか。些《ちよつ》とお手紙にも其※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57]《そんな》事があつたつて、新太郎が言つてましたがね。お前さん達、まあ遠い所をよくお出になつたことねえ。眞《ほんと》に。』『何卒《どうか》ハア……』と、二人は血を吐く思で漸く言つて、温《おとな》しく頭を下げた。『それにな、今度七日遊んでるうち、此方の此お八重さんといふ人の家に厄介になつて來たんだよ。』『おや然う。まあ甚※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57]《どんな》にか宅ぢや御世話樣になりましたか、眞《ほん》に遠い所をよく入來《いらつしや》つた。まあ/\お二人共自分の家へ來た積りで、緩《ゆつく》り見物でもなさいましよ。』 お定は此時、些《ちつ》とも氣が附かずに何もお土産を持つて來なかつたことを思つて、一人胸を痛めた。 お吉は小作りなキリリとした顏立の女で、二人の田舍娘には見た事もない程立居振舞が敏捷《すばしこ》い。黒繻子の半襟をかけた唐棧《たうざん》の袷を着てゐた。

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