八幡樣のお祭禮《まつり》

『何しや?』『明日《あした》盛岡さ行つても可えが?』『お八重ツ子どがえ?』『然《さ》うしや。』『八幡樣のお祭禮《まつり》にや、まだ十日もあるべえどら。』『八幡樣までにや、稻刈が始るべえな。』『何しに行《え》ぐだあ?』『お八重さんが千太郎さま宅《とこ》さ用あつて行くで、俺も伴《つ》れてぐ言ふでせア。』『可《え》がべす、老爺《おやぢ》な。』とお八重も喙を容れた。『小遣錢《こづけえ》あるがえ?』『少許《すこし》だばあるども、呉《け》えらば呉《け》えで御座え。』『まだお八重ツ子がら、御馳走《ごつちよう》になるべな。』と言つて、定次郎は腹掛から五十錢銀貨一枚出して、上框《あがりがまち》に腰かけてゐるお定へ投げてよこした。 お八重はチラとお定の顏を見て、首尾よしと許り笑つたが、お定は父の露疑はぬ樣を見て、温《おとな》しい娘だけに胸が迫つた。さしぐんで來る涙を見せまいと、ツイと立つて裏口へ行つた。

[#6字下げ]五[#「五」は中見出し]

 夕方、一寸でも他所《よそ》ながら暇乞に、學校の藤田を訪ねようと思つたが、其暇もなく、農家の常とて夕餉は日が暮れてから濟ましたが、お定は明日着て行く衣服《きもの》を疊み直して置くと云つて、手ランプを持つた儘、寢室にしてゐる四疊半許りの板敷に入つた。間もなくお八重が訪ねて來て、さり氣ない顏をして入つたが、『明日着て行ぐ衣服《きもの》すか?』と、態《わざ》と大きい聲で言つた。

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