一日降つた肅《しめ》やかな雨

[#6字下げ]三[#「三」は中見出し]

 翌日は、例の樣に水を汲んで來てから、朝草刈に行かうとしてると、秋の雨がしと/\降り出して來た。厩《うまや》には未だ二日分許り秣《まぐさ》があつたので、隣家の松太郎の姉に誘はれたけれども、父爺《おやぢ》が行かなくても可《い》いと言つた。仕樣事なさに、一日門口へ立つて見たり、中へ入つて見たりしてゐたが、蛇の目傘をさした源助さんの姿が、時々彼方此方《あちこち》に見えた。禿頭の忠太爺と共に、お定の家の前を通つた事もあつた。其時、お定は何故といふ事もなく家の中へ隱れた。 一日降つた肅《しめ》やかな雨が、夕方近くなつて霽《あが》つた。と穢《きたな》らしい子供等が家々から出て來て、馬糞交りの泥濘を、素足で捏《こ》ね返して、學校で習つた唱歌やら流行歌やらを歌ひ乍ら、他愛もなく騷いでゐる。 お定は呆然《ぼんやり》と門口に立つて、見るともなく其を見てゐると、大工の家のお八重の小さな妹が驅けて來て、一寸來て呉れといふ姉の傳言《ことづて》を傳へた。 また曩日《いつか》の樣に、今夜何處かに酒宴《さかもり》でもあるのかと考へて、お定は愼《つつま》しやかに水潦《みづたまり》を避けながら、大工の家へ行つた。お八重は欣々《いそ/\》と迎へたが、何か四邊《あたり》を憚《はゞか》る樣子で、密《そつ》と裏口へ伴《つ》れて出た。『何處さ行《え》げや?』と大工の妻は爐邊《ろばた》から聲をかけたが、お八重は後も振向かずに、『裏さ。』と答へた儘。戸を開けると、※[#「奚+隹」、第3水準1-93-66]が三羽、こツこツといひながら入つた。

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